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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1822号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

穂阪佐男

右訴訟代理人

三枝基行

被控訴人(附帯控訴人)

湯川忠一

右訴訟代理人

寺島勝洋

右訴訟復代理人

荒井新二

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し金八、五五六、四二五円及びこれに対する昭和五一年七月二七日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求(本件附帯控訴により拡張した請求を含む。)を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ二分し、その一を被控訴人(附帯控訴人)の、その余を控訴人(附帯被控訴人)の各負担とする。

事実《省略》

理由

一本件事故の発生と責任原因

(一)  〈証拠〉を総合すると、被控訴人は、昭和四七年八月二七日午後一時四〇分ごろ、山梨県韮崎市円野町上円井地内路上において、穴水正文が運転していた大型貨物自動車(山梨一一さ七六六―以下加害車という。)が同人の運転の過失により被控訴人が運転していた普通貨物自動車に衝突した本件交通事故に遭い、右上肢挫滅等の傷害を受け、韮崎外科病院に前後二回にわたり計二五四日間入院し、右上肢切断手術を受け、現在もなお二、三か月に一回通院していることが認められ、右認定に反する証拠は存しない。

(二)  ところで、控訴人は、本件事故において控訴人が加害車を保有し自己のために運行の用に供していたことを否認するが、〈証拠〉によれば、穴水は、本件事故前、控訴人所有のダンプカーを譲り受けて車両持込で砂利の運搬の仕事をしようと考え、控訴人との間で本件加害車の譲渡の話もあつたが、同車の年式が旧く、その実現に至らず、本件事故当日も、穴水は控訴人より武川村から韮崎まで砂利の運搬の依頼を受け本件加害車を運転していたものであることが認められる。〈証拠〉中には、控訴人は本件事故の一週間前の昭和四七年八月二〇日に加害車を穴水に七〇万円で譲渡し、その引渡を了し(但し、自動車登録の名義変更はなされていない。)、本件事故当日の仕事も控訴人の仕事と無関係の仕事をしていた旨の供述があるが、〈証拠〉に比してにわかに措信しがたく、他に右認定を覆えすに足りる証拠は存しない。

(三)  したがつて、控訴人は、本件事故の加害車を保有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条により、本件事故により生じた被控訴人の損害を賠償する責任がある。

二損害の内容

(一)  付添費

〈証拠〉を総合すると、被控訴人は、本件事故当日の昭和四七年八月二七日から右上肢を切断して一たん退院した同四八年三月一四日までの間実日数二〇〇日間上記韮崎外科病院に入院していたが、その間、被控訴人の親戚に当る笹本欣也、笹本七子ら五名の者が交替で二人又は一人一組で被控訴人の付添看護をしたことが認められるところ、被控訴人の傷害の部位、程度からすると、常時一人の付添が必要であつたと認められ、そして、その付添費は一日につき一、二〇〇円が相当であると認められるので、被控訴人は、控訴人に対し、合計二四〇、〇〇〇円の付添費を請求することができるものと解すべきである。

(二)  休業損害

〈証拠〉によると、被控訴人は、本件事故当時株式会社保栄物産に勤務し、月額四八、五〇〇円の給与を受けていたが、本件事故による受傷により休業し、昭和四七年九月(同年八月分の給与は受領済である。)から同社に復帰した同四八年五月一〇日までの間8.5か月分の給与計四一二、二五〇円の収入を得られず、さらに昭和五〇年五月以降の給与は月額七三、七六〇円であつたが本件事故による右上肢切断手術の際の輸血に伴う血清肝炎で再度入院した昭和五一年三、四月の二か月分の給与計一四七、五二〇円の収入を得られず、以上合計五五九、七七〇円の休業による損害を受けたことが認められる。

(三)  逸失利益

〈証拠〉を総合すると、被控訴人は、昭和二五年六月一七日生の健康な男子で、高校を卒業後上記株式会社保栄物産に勤務し、外交、運転、貨物の積降等の業務に従事していたが、本件事故の受傷により右上肢を肩のつけ根から九センチメートル下のところで切断するに至り、実日数二〇〇日の入院治療の後同社に復帰し軽作業に従事していたところ、上記のとおり輸血による血清肝炎に罹患し、昭和五一年三月五日から同年四月二七日までの間再度上記韮崎外科病院に入院治療し、再び同社に復帰したが、疲労度が多く仕事に対応できず、同五一年六月一日付で同社を退社したのであるが、身体障害者手帳の後遺症は第二種二級で、自動車損害賠償保障法施行令別表の後遺障害等級表によると四級相当であると認められ、これに上記のとおり被控訴人が中程度の肉体労働者であつたことを併せ考慮すると、被控訴人が本件事故により受けた右上肢切断の傷害による労働力の喪失率は少なくとも七割と認めるのが相当である。なお、後記認定のとおり、被控訴人は、上記株式会社保栄物産を退社後昭和五二年四月に有限会社秋山建設運輸に勤務し、同月から同五四年一二月までの間総計二、五四九、九〇〇円の収入を得ているが、これは昭和五二年ないし同五四年当時における高校卒の被控訴人と同年令の男子労働者の年間給与額と比較すると、むしろ残された被控訴人の労働力により同人が努力をして得た対価とみるべきものであるから、右収入があるからといつて、被控訴人の労働力の喪失率を少なくとも七割と認定する妨げとなるものではない。

しかして、逸失利益算出の基礎となる被控訴人の労働可能年数は同人が株式会社保栄物産を退職した昭和五一年(当時二六歳)から同人が六五歳に達するまでの向う三九年間であると認めるのが相当であり、同人が前記株式会社保栄物産の退職時の給与は上記のとおり、七三、七六〇円であつたから、被控訴人の将来得べかりし利益の喪失額はホフマン式計算方法により年五分の中間利息を差し引くと一三、二〇二、七一五円(73.760×12×0.7×21.309)であると認められる。

(四)  慰謝料

上記認定した本件事故による被控訴人の受傷の部位、程度、その後遺症の態様及び受傷時の年令(当時二二歳)等を勘案するに、被控訴人に対する慰謝料は四、〇〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

三損害の填補

(一)  自動車損害賠償責任保険金

被控訴人ば、加害車両に係る自動車損害賠償責任保険金三、四三〇、〇〇〇円を受領し、これを同額の慰謝料請求権に充当した旨自ら主張するので、右保険金は上記損害から控除すべきものである。

(二)  厚生年金保険障害年金

被控訴人が本件事故の受傷により昭和四八年四月から同五五年一一月までの間厚生年金保険障害年金総計四、一九五、〇六〇円を受領したことは当事者間で争いがないところ、厚生年金保険法(昭和二九年法律第一一五号)による障害年金の給付については、同法第四〇条は、事故が第三者の行為によつて生じた場合に保険給付をしたときは、政府は、その給付の価額の限度で、受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得し(同条第一項)、受給権者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で、保険給付をしないことができる(同条第二項)旨規定している趣旨にかんがみるに、右支払済みの障害年金四、一九五、〇六〇円は、本件損害賠償額から控除すべきものであることは明らかである。

(三)  被控訴人の収入

被控訴人が昭和五二年四月に有限会社秋山建設運輸に再就職し、同年四月から同年一二月まで八八八、二〇〇円、同五三年一月から同年一二月まで八五五、三六五円、同五四年一月から同年一二月まで八〇六、三三五円、以上総計二、五四九、九〇〇円の給与収入があつたことは当事者間に争いがないところ、控訴人は、昭和五二年においては右給与のみで被控訴人主張の上記逸失利益(年額八七九、一二〇円)を上廻るし、その後の年度においても給与と上記障害年金収入とで右逸失利益をはるかに上廻るので、右被控訴人の収入は損害賠償額に充当(ないしは損益相殺)すべき旨主張する。

〈証拠〉を総合すると、被控訴人の上記給与収入は、被控訴人が上記有限会社秋山建設運輸で、同社の構内だけのダンプカーの運転により得たものであるところ、昭和五二年四月から同年一二月までの給与八八八、二〇〇円(これを同一年分の給与に引直すと一、一八四、二六六円(円未満切捨)となる。)についてみるに、これを昭和五二年度の賃金センサス(労働大臣官房統計情報部編集「昭和五二年賃金構造基本統計調査報告」(第一表―年令階級別きまつて支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額)における新高卒の年令二五歳ないし二九歳の男子労働者の年間給与額二、三三七、九〇〇円と比較するとその50.6パーセントであり、翌昭和五三年の被控訴人の年間給与額八五五、三六五円を同年度の賃金センサスにおける年間給与額二、四六七、二〇〇円と比較するとその34.6パーセントであり、さらに、昭和五四年の被控訴人の年間給与額八〇六、三三五円を同年度の賃金センサスにおける年間給与額二、五八六、六〇〇円と比較するとその31.1パーセントであり、この程度の右収入は被控訴人が残された労働能力三割により努力を加えて得られた労働の対価と認められないではなく、これを控訴人主張のように上記認定の逸失利益から控除するのは相当でない。

なお、控訴人は、被控訴人が昭和五四年一二月に前記有限会社秋山建設運輸を退職したとしても、それは逸失利益を得るため故意に給与収入のない状況を作出したものであつて、かかる場合には、その得べかりし給与収入はその後も継続するものとして計算すべきであり、その金額(一六、六三〇、九八一円)は損益相殺に供されるべき旨を主張するが、被控訴人が控訴人主張の目的で前記有限会社秋山建設運輸を退社したと認めるに足りる証拠はなく、控訴人の主張は失当である。

(四)  損害賠償の弁済

被控訴人が、本件事故の加害車の運転者であつた穴水正文から、本件事故に係る損害賠償金の一部として、昭和四八年三月から同五一年八月までの間計九二一、〇〇〇円、同五二年五月三一日から同五六年一月三一日までの間計九〇〇、〇〇〇円の金員の支払を受けたことは当事者間に争いがないが、右金員は本件損害賠償につき不真正連帯債務を負う穴水が支払つたものであるから、被控訴人の受領額は上記認定の控訴人の損害賠償額から控除すべきものである。

ところで、控訴人は、被控訴人と右穴水との間に昭和五二年五月六日成立した裁判上の和解により穴水が被控訴人に対し支払義務があることを認めた五、〇〇〇、〇〇〇円についても、控訴人が支払うべき損害賠償債務に充当(又は損益相殺)すべき旨主張する。被控訴人が右裁判上の和解により右穴水正文に対し五、〇〇〇、〇〇〇円の請求権を有することは当事者間に争いがないが、被控訴人は穴水に対し右五、〇〇〇、〇〇〇円の損害賠償請求権を有するにすぎず、被控訴人が右穴水から右金員の弁済を受けない以上、控訴人に対する本件損害賠償額からこれを控除すべきでないことは当然である。

四以上の次第であり、控訴人は、被控訴人に対し、前記二に記載の損害金計一八、〇〇二、四八五円から同三(但し、(三)を除く。)に記載の損害の填補額計九、四四六、〇六〇円を控除した金八、五五六、四二五円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五一年七月二七日から右支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、右と結論を異にする原判決を変更し、被控訴人の本訴請求を右限度において正当としてこれを認容し、その余の請求(本件附帯控訴により拡張した請求を含む。)は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(小林信次 浦野雄幸 河本誠之)

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